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7日の余震と我が家の地震センサーの話



↑急遽、地震センサーという大役に抜擢されて戸惑いつつも、
立派に期待に応え続けているドラセナ・コンシンネさん。


4月7日午後11時半すぎの地震は
家にいたときに経験した。

まずテレビで
あの半音上がる何ともおさまりの悪い警報音が繰り返され、
「緊急地震速報」のテロップが流れる。
あ、また来たかと身構える。

3.11の大地震の後、
緊急地震速報は機械の破損もあってか
空振りになる確率も高いが、
念のため用心する。

実は3.11の地震を
僕は実感をもった揺れとしては経験し損ねている。

前のブログにも当日のことは書いたが、
調布駅で乗り換えようとしたときだった。
乗り換える際は、人の動きで電車は多少揺れる。
また調布駅は地下化工事をしていて
地下の工事らしき揺れはしばしば感じるのだ。

周囲の乗降客もまた、
僕同様、その揺れが何によるのか
気づくのが遅れたようで、
きょろきょろしていた人が多かった。

そんなわけで、
今回の地震ではじめて、
緊急地震速報という前触れもふくめて
現在進行形で
大きな地震を経験させられたことになる。

ニュースを報じていた生放送のアナウンサーが、
スタジオも揺れを感じていることを伝え、
避難せよと訴える声色も高まる。
そのすぐ後にこちらも揺れ始める。

結構大きい横揺れだ。
一連の余震はみなそうなのだが、
小刻みな激しい揺れではなく、
ゆらゆらとゆっくり揺れる。
船に乗っているような感じである。
しかし、次第に大きくなっていく。

テレビはスタジオの揺れも大きくなっていることを伝え、
こちらもいっそう緊張する。
震源が太平洋沖だから、
都心にあるテレビ局の数秒後に
こちらに揺れが伝わるわけで、
だいたいの大きさの予想が立つ。
だから慌てはしなかったが、やはりこわい。

我が家には、
あの3.11以来、
ずっと揺れのバロメーターにしている
ドラセナ コンシンネという名前の観葉植物がある。
その葉のざわめく動きを見ては、
揺れの大きさを推量している。

葉が細長いので
微弱な揺れもちゃんと検知してくれる、
優れモノの地震センサーなのだ。
仙台にいるときに買って
かれこれ10年以上我が家にいるが、
彼もまさか僕たちから
今頃になって、
こんな脚光を浴びることになろうとは、
思ってもみなかっただろう。

揺れてるかどうかなんて体感で分かるじゃん、
と思う人もいるかもしれない。
だが、長く続く余震の経験のある人なら、
なぜこんな地震センサーが意味をもつかは分かると思う。

これだけしょっちゅう余震があると、
身体が敏感になりすぎて、
今揺れているのが自分の体なのか、
大地なのか、
にわかには判然としないのだ。
「地震酔い」などという言葉も表れている。

しかし、今回のこの余震は
照明も棚もテレビも揺れ、
明らかにこれまでの余震とは違っていた。
コンシンネもかなりざわざわしている。
しかも長い。

ようやくコンシンネのざわざわも収束するころ、
震源地が宮城沖であり、
宮城中部では震度6強のところもあり、
3.11ほどではないにしても、
それに次ぐ規模の地震であることが分かっててくる。

しばらくして、妻は両親へ電話。
何度かかけているうちにつながり、
とにかく怪我などなかったことを確認して安堵する。
しかし津波警報が発令されているから、
両親は避難している。
地震直後に電気が消えたので真暗な中の避難である。
昼間の地震だった3.11とは違って、
闇夜という条件が、避難を妨げる。

仙台は大丈夫なのか。
宮城野区では火災の火も上がっているとニュースは言う。
全域で停電とか、
ガスの臭いがする地域があるとか、
不安なニュースが入ってくる。

アニキは大丈夫だろうか。
メールをするが返事なし。
しばらくしてから
返信があって、
3.11よりも揺れは大きく感じたこと、
部屋の中は「チョーめちゃくちゃ」であること、
なぜか電気は通じていること、
などを伝えてきた。

翌日、妻の実家からの情報でも、
体感的には今回の地震の方が大きかったという話である。
せっかく水道管やら家の壁やらを補修して、
電気や水道が復旧し始めてきたという
そんなタイミングだったという。

これまでの復旧への努力が水泡に帰して、
呆然としている人も多々いることだろうと想像すると
胸が痛む。

 
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